第6話　「小早川」　（No.9）

フォレックス・ディーラー物語

Forex Dealer Stories

「小早川」　No.9

　「おい、佐々木。　出ないなら、出ないで、さっさと『出ません』って答えて良いんだぞ。」

　「梅田さんは、そんなこと言うけど、僕だって一生懸命、精一杯やってるんです！」

　「だって、待たされたお客さんも、かわいそうじゃないか・・・・・。」

　「梅田さん！　電話です！」

　「だれ？」

　「今の件で・・・・・。」

　さっそくクレームが来た・・・・・。

　「はい。　梅田です。
　ごめんなさい。　申し訳ありません。
　もう、言い訳の仕様も無いですから、いくらでも謝ります・・・・・。」

　「もう、これじゃぁ、ドル・マルクのプライス訊けないよぉ。」

　「はい。　おっしゃる通りです・・・・・。
　マルクの担当にちゃんと言っておきますから・・・・・。
　本当にごめんなさい。」

　ビジネス・チャンスを失った俺達はまだいい。

　万が一、彼らが「損切り」や「利食い」の取引をするつもりで、プライスを訊いていたのなら、彼らは、全く、取引をするチャンスそのものを失っている。

　佐々木は、どうも納得していないようだが・・・・・。

　「フェアーな取引」というのは、「公平な市場」というのは、そこに参加する多くの人達の、経験や知識やモラルによって保たれるものだ。

　一人一人の参加者の意識があって、初めて近づくことができるんだ。

　一生懸命やっていても、それだけじゃぁダメなんだと、伝えなくっちゃなぁ・・・・・。

　でも、理解できないだろうなぁ・・・・・。
　今の佐々木には・・・・・。

ライン

　「遅くなりました。」

　秋山が戻ってきた。

　「おお・・・・・。　どうだった？」

　「はい。　小早川ですけど・・・・・。　ひたいを５針縫いました。
　命に別状はないようです。
　出血がすごかったので、びっくりしたんですけど、医者が診てだいじょうぶだって言ってましたから、だいじょうぶでしょう。」

　「飲ませすぎだよ。」

　「いや、本人が飲むって言ってましたから・・・・・。
　こいつ酒強いんだなぁって、思ったんですけど・・・・・。」

　「で、小早川はどうした？　帰ったのか？」

　「はい。　医者も心配ないって言ってましたし、本人も一人で帰れるって言ってましたから、タクシーで帰しました。」

　「あいつ、どこに住んでるんだ？」

　「品川の独身寮です。　タクシーで３０分程度ですから、寮に着いたらちゃんと電話しろって言っておきました。」

　「そっか・・・・・。　だいじょうぶかなぁ・・・・・。」

　「首から上の出血って、多いからびっくりするんですけど・・・・・、心臓に近いですからね・・・・・。
　でも、本当はたいしたこと無いんですよ。
　それに、本人もびっくりすると、心拍数が上がりますから、余計に出血するんです。
　本人が落ち着いてくると、出血もおさまって来るんです。
　ちゃんと止血もしたし、心配ないですよ。」

　「そうかぁ？　そういうもんかぁ？」

　「ええ。　ボクシングの試合のときの出血に比べれば、全然たいしたことありません。」

　「・・・・・。」

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