第6話　「小早川」　（No.10）

フォレックス・ディーラー物語

Forex Dealer Stories

「小早川」　No.10

　「ボクシングのときに、よく、目の上を切るんですよ。
　殴り合うと、顔が腫れてきますから・・・・・。
　目の上って腫れやすいんです。　パンチも入りやすいし。

　その膨れ上がったところに、グラブで擦るようなパンチが入ると、切れるんですよ。　スパッと・・・・・。

　ボクシングをしている最中ですから、息も心臓もパンパンですよねぇ。
　だから、リング上での出血ってすごいんですよ。

　僕は見慣れてますけど、梅田さんなんかライブで見たらびっくりしますよ。
　どっちにしろ、小早川のあの程度なら、心配いりません。」

　「・・・・・。」

　「・・・・・。」

　「そっか・・・・・。　でもな、秋山・・・・・。
　おまえは、強いんだから、弱い奴いじめちゃだめだ。
　みんな、怖いんだよ、おまえのことが。
　特に新人の奴なんかにとっては、怖いんじゃないかぁ？」

　「・・・・・。」

　「いや、偉そうなこと言うつもりなんか、全然無いんだけど・・・・・。
　誰も言わないだろ、きっと。　こんなこと・・・・・。」

　「・・・・・。」

ライン

　翌週の月曜日、俺が会社のディーリング・ボードに向かうと、俺のディーリング・ボードの後ろに、小早川が立っていた。

　俺は毎朝８時半頃会社のディーリング・ボードに着く。

　よく、課長から、『もうあと３０分早く来いよ』って、よく言われる。

　ちょっと遅いとは感じているのだが、まあ、それくらい勘弁してくれって常々思っている。

　その時間だと、ほとんどのメンバーは揃っている。

　『ははぁ・・・・・。
　小早川の奴、謝りに来たんだな。
　かわいいとこあるじゃない。　ハハハ・・・・・。』

　そう思いながらも、俺は知らん振りをして言った。

　「おはよう！　どうした？」

　「いえ・・・・・。
　金曜日はすみませんでした・・・・・。
　ちゃんと、謝らなくては、と思いまして・・・・・。」

　「ああ・・・・・。　いいよ。
　それよりも、もうだいじょうぶなのか？
　５針縫ったって、秋山から聞いたぞ。」

　「はい。　もう、だいじょうぶです。
　ご心配をおかけしました。」

　「そっか・・・・・。　おまえ丈夫だなぁ。」

　「はい。　体育会系で鍛えてますから。」

　「俺も、首から下は強いんだよ。　特に下半身はな。　ハハハ・・・・・。
　首から上は弱いけどなぁ・・・・・。
　普段、あまり使わないからな、首から上は。」

　「・・・・・。」

　「ひたいを切ったって聞いてたから、心配はしたぜ。
　小早川が、普段、使っていない場所だろ？　俺と同じで。
　ハハハ・・・・・。」

　「・・・・・。」

　よく見ると、小早川の頭には包帯が巻いてあって、痛々しい。

　さっきまでは、気が付かなかった。

　先週の金曜日に、秋山から５針縫ったことを聞いていたし、小早川が治療をしているのは当たり前だと思っていたからだろうか・・・・・。

　それとも、何も考えていなかったからだろうか・・・・・。

　俺は、妙に神経質なところもあるのだが、自分が気にしていないことに関しては、ほとんど見ていない。
　見ていないと言うより、無頓着と言ったほうが良いかもしれない。

　「あまり・・・・・、無理をするなよ。　お大事にな。」

　「はい・・・・・。　ご迷惑をおかけしました。」

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