ホテルの部屋に2個のスーツ・ケースを置いて、待たしていた車に乗った。
「運転手さん、今度はフィフティ・セカンド・ストリート(52nd
Street)のフィフス(Fifth
Avenue)とマディソン(Madison
Avenue)の間ね。」
「はい。わかりました。」
田辺課長が運転手さんに話している。
これは、日本語だから、どこかの場所を言っているのは想像できるのだが、今度は、その意味がわからない。
『ますます自信が無くなってきた・・・・・。』
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車は5分程で、茶色の大きなビルの前に止まった。
「梅田、着いたぞぉ。」
「はい・・・・・。」
俺はちょっと落ち込んでいたが、気を取り直すことにした・・・・・。
茶色のビルの壁面が大理石のように磨かれて光っている。
大きな入り口の右側に、大きなショー・ウィンドウがあって、素敵な女性服を着させたマネキンが飾ってある。
そのショー・ウィンドウのガラスが、またでかい。
日本のビルだったら、2階か3階の高さになるあたりまで、全部が一枚ガラスで作った1階のショー・ウィンドウ・ケースだ。
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本当に高層ビルだ。斜めに見上げるのではなく、首を後ろに90度にする感じで見上げることになる。
「梅田、あまりそうやって見上げないほうがいいよ。
そうやって、見ているのはニューヨークでは、『おのぼりさん』だから、悪い奴に狙われるぞ。」
「えっ・・・・・。
本当ですか?」
「ああ、本当だよ。
ニューヨークは治安が悪いからな。気を付けろよ。
ワイシャツの胸のポケットに20ドル札を入れておくといいぞ。
襲われて『ホールド・アップ!』って言われたときに、手を挙げたまま胸のポケットを指差すんだ。
そういうときは、手を挙げたままにして、相手に取らせるようにするんだぞ。
襲う方も怖いんだよ、襲った相手がどんな奴だかわからないからね。
財布を出そうとして、スーツの内ポケットに手を入れたら、撃ち殺された、なんてことにならないようにな。」
「・・・・・。」
高層階用のエレベーターの25階で降りた。
受け付けの品の良いおばあさんがにこやかに迎えてくれた。
田辺課長に連れられて、25階の支店長室に行った。
関口支店長、篠原副支店長が待っていた。2人ともあまり時間がないらしく、一通りの挨拶で、細かいことは後日ということになった。
25階から24階のディーリング・ルームに向かった。
25階から24階に行くときは、支店の内部の階段を使った。
普通ニューヨークのオフィス・ビルには、このような内部階段はないのだが、関口支店長が支店内の意思の疎通を良くしようと考えて、無理やり作らせたのだそうだ。
ディーリング・ルームで、山之内係長を紹介された。
東京からューヨークに電話をして、ドル・円の為替相場の様子を教えてもらう際に、何回もお話をしているが、お会いするのは初めてだ。
東京から電話をすると、
「ニューヨーク市場は、動いてないよ。」
「ニュースなんか、何もないよ。」
「朝早いんだから、早く寝ろ。」
とか、ぶっきらぼうに言われたときは、恐い人だと思っていたが、実際にお会いしてみると全然違う。
人は直に会ってみないとわからないものだ。
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