そう話していると、平井さんが戻ってきた。
「何だ?
仕事のこと?」
「はい。『外国為替』って何ですか?」
「あー、そういったこと?
うん、そのうちわかるよ。
最初は見てればいいから。
9時から『ゼンバ』が始まるから、まぁ、見ていなさい。」
「はい・・・。
あの、『ゼンバ』って、何ですか?」
「ああ、午前中のことだよ。
『場(バ)』には、『前場(ゼンバ)』と『後場(ゴバ)』があるんだ。
午後の取引は『後場(ゴバ)』。
そういうことも、そのうちわかるから。」
「はい・・・。」
よく見ると、周りは全部、普通のオフィス・デスクではない。
普通の机よりも、一回りも二回りも大きいがっしりとした机に、しっかりとした台が載っている。
その台は、ちょうど学習机に乗っかっている本箱のようなものだが、教科書や辞書が並べてあるのではなくて、ボタンがいっぱい並んだ機材がはめ込んである。
時々、そのボタンのライトが点滅する。
点滅が始まると電話の音がする。電話の音が切れると、そのボタンのライトが点きっぱなしになる。きっと、このボタンが並んでいる機材は電話なのだろう。
点滅している時が、電話がかかってきた状態で、ライトが点きっぱなしになった時が通話をしている状態なのだ。
だいたいの想像はつく。電話の交換手になったような気分だ。
|
|
|
ディーリング・ボード |
9時ちょうどになると、いっぱい並んでいるボタンが、いっせいに点滅を始めた。
周りで話す声がいっせいに始まる。
青山君はせっせと点滅するボタンを押して、大きな声で叫んでいる。
「『ヨリツキ』は、『ニマル』でーす!
|
(注):『ヨリツキ』=『寄付』 |
現状ニマル‐サンマル!」
|
すぐに電話を切って、また別のボタンを押して、また叫ぶ。
「ニーゴー・テイクン! ニマル‐サンマル!」
この部屋の中で一人だけ、大声を出している。
また、点滅するボタンを押して、
「ニマル‐サンマル!」
「ニーゴー・ギブーン!」
「ニマル‐サンマル!」
と、叫ぶ。
何をしているのだろう・・・?
数字を言っているのはわかる・・・。
この数字が、何を意味するのか、だ・・・。
数字の後に、『テイクン』って言っているなぁ、これはどういう意味だろう?
英語の“ Take ”の過去分詞の“ Taken
”のことかな?
訊きたかったのだが、忙しそうだ。
後で訊いてみようと思って、手帳にカタカナで『テイクン』とメモした。
|
|
|
|