何日かは、このようなやり取りを眺めていた。
平井さんが、そのうちわかる、と言うのだから、そのうちわかるのだろうと思って、黙って見ていることにした。
何か質問をしても、その質問の答えに、新たな疑問が湧いてしまう。
どうも、英語とか専門用語が多い。
英和辞書と外国為替の事典が必要なようだ。
英和辞典は翌日にすぐ持ってきた。
よく見ると、青山君の机の上にも置いてある。
「平井さん、外国為替の取引に関する事典のようなものはないんですか?」
「ああ。そういうのがあればいいんだけどなぁ。
そういったものは、ないようだなぁ・・・。
大きい本屋に行けば、いろいろと、外国為替の本は出てるじゃないか。
何でもいいから、一冊、読んでみろよ。」
「はい。」
というわけで、昼休みに、本屋に行って外国為替の本を買ってきた。
これを読めば、少しはわかるようになるのかなぁ・・・。
「前場」と「後場」の場中に読むわけにいかないから、朝の場の開く前とか、昼休みに読むことにした。
四〜五日経っても、相変わらず、あまりよくわからない。
そりゃ、四〜五日じゃあわかるはずはないのだろう。
初日は鉄のゴミ箱を持ってきて、それに腰掛けていたのだが、余っているディーリング・ルームの椅子を持ってきた。
ディーリング・ルームの椅子は特注の椅子だそうだ。バック・オフィスの椅子と比べると、一回り大きくて、座り心地がいい。ディーリング・ボードが大きいから、このサイズになるのだろう。肘掛も大きい。
その肘掛に左腕を乗せて、左手にあごを乗せて取引を眺めている。
前場は、緊張して、取引を見ているのだが、後場になると、どうも眠くなってくる。
わけがわからないものだから、余計にそうだ。一生懸命、見ているつもりなのだが、だんだんと意識が遠退いて行き、ついに、まぶたがくっついてしまう。要するに居眠りだ。
それでも、時々、青山君がプライスを叫んでいるのはわかる。ただ、それがいくらなのかは記憶に残らない・・・・・。
突然、平井さんが俺に声をかけた。
「チミは、寝るねぇ・・・。」
「んん・・・。あっ、すいません。
つい、ウトウトしちゃいました・・・。」
「ボクは、割と怖いと思われるタイプなんだけどねぇ。」
「いやぁ・・・。
そんなに怖くはないですよ、平井さんは・・・。」
「あっそぉ・・・。
図太いタイプなのかねぇ、梅田君は。」
「・・・・・・。」
「じゃあ、今から『ポジション』取りなさい。
そりゃ、黙って見てるだけじゃ、眠くもなるわなぁ。」
「はい・・・。
あのぉ・・・、『ポジション』って何ですか。」
「あぁ、持ちゃぁ、わかるよ。」
「はぁ・・・。」
「『ポジション』は3本までネ。
3本まで、好きなようにやっていいから。
だた、ブローカーさんと話すときに、『1本、売った』とか、『2本、買った』とか、ちゃんと言うんですヨ。
ブローカーさんもバカだからねぇ・・・。気が利かないし・・・。
梅田君が、いきなり大きい声で、『売った!』とか、『買った!』とか、言うと、そこにあるのを、全部売っちゃたり、全部買っちゃたり、しちゃうからねぇ。」
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