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 ファースト・ディール
 The First Deal  No.16

 242円30銭が『寄付き』だった。

 ニーゴー・サンゴーでしばらくにらみ合って、出会わない。取引に結びつかない。

 平井さんは、ぼんやりとロイター・モニターを眺めている。
ロイター・モニター

 ロイター・モニターは、為替レートを時々刻々と表示しているディスプレイだ。

 この頃は、ディーラー二人に1台の割合で、ディーラーディーラーの間に1台ずつ置いてある。

 この当時のロイター・モニターはレートや情報を表示するだけで、通信機能(チャット機能)はまだ開発されていない。

 表示もまだカラーではなく、緑色の文字だけだ。


 相場が活況の時は、ロイター・モニターの表示が次々と変化するのだが、今はプライスがにらみ合っているままなので、ドル円の表示は、242円25−35のままで動かない。


 内村さんは、イチマル(242.10)くらいはあるだろうと言っていたけど、あるのかなぁ・・・・・。

 でも、イチマルが『売り』になったら、『買った』って言えば良いことはわかる。だけど、イチマルで買うにはどう言えばいいんだろう・・・・・?

 「青山君、イチマルで買いたいときは、何て言えばいいの?」

 「普通にイチマルの『買い』を見てくださいって、言えばいいんですよ。
 これも専門用語で言うなら、『イチマル・ビッド』とか、『イチマルのビッドを見て下さい』って言うんです。
 『アマウント』もちゃんと言った方が良いですよ。」

 「『アマウント』って、『何本』ってこと?」

 「そうです。金額のことです。」

 「そぉか・・・。
 じゃあ、イチマルで1本買いたいんだったら、『イチマルの買いを、1本見て下さい』って言えばいいんだね。」

 「そうです。」

 「今日は、あまり電話がかかってこないね?」

 「みんな、ためらっているんじゃないですか?
 昨日よりもずいぶんドル高円安ですから。」

 「そうなのか・・・。」

 そう話していたら、ディーリング・ボードのライトが急に点滅した。

 「もし!」

 青山君が、電話の音がする前に、機敏にボタンを押した。

 青山君の取らなかった、別のボタンは、そのまま点滅して、電話の呼び出し音が鳴った。一度にすべてのスポットのボタンが点滅している。


トウフォレ・スポット・ライン
ニッタン・スポット・ライン
ウエダ・スポット・ライン
ヤマネ・スポット・ライン
ハトリ・スポット・ライン
コバヤシ・スポット・ライン
マーシャル・スポット・ライン
トウフォレ・フォワード・ライン
ニッタン・フォワード・ライン
ウエダ・フォワード・ライン
ヤマネ・フォワード・ライン
ハトリ・フォワード・ライン
コバヤシ・フォワード・ライン
マーシャル・フォワード・ライン
トウフォレ・デポ・ライン
ニッタン・デポ・ライン
ウエダ・デポ・ライン
ヤマネ・デポ・ライン
ハトリ・デポ・ライン
コバヤシ・デポ・ライン
マーシャル・デポ・ライン
内線・外線ライン
内線・外線ライン
内線・外線ライン
内線・外線ライン
内線・外線ライン
内線・外線ライン
内線・外線ライン

転送
Clear
ディーリング・ボード


 俺もあわてて、さっき話をした内村さんのボタンを押した。

 「もし!ニーゴー・ギブン!」

 「はい!ありがとうございます!」

 俺も、青山君のまねをして、みんなに聞こえるように、

 「ニーゴー・ギブン!」
 と大声で叫んでいた。

 この部屋の人達が、俺に注目したのがわかった。

 『あれっ・・・。こうすればいいんじゃないの・・・?』

 聞きなれない声だからなのだろう。わざわざ、立ち上がってこっちを見ている人もいる・・・。


 青山君が、みんなに聞こえるように、もう一度、
 「ニーゴー・ギブン!」
 そう言ってから、声を落として早口に、俺に言った。

 「ありがとうございます! 梅田さん! それでいいんですよ!」

 ボードの点滅が激しいままだ。

 青山君が、ボタンを押しながら、また叫んだ。

 「ニマル・ギブン! ニマル売り!」

 「イチマル・ニマル!」

 俺はあわてて、また、内村さんのボタンを押した。

 内村さんはイチマルで買えって言っていた。

 まずは、内村さんを信用して買ってみようと思ったのだ。

 「もし! ニマル売り、買いなし!」

 内村さんの声も、ふざけていない。張り詰めた雰囲気が伝わってくる。

 「イチマルの『買い』を、1本見て下さい!」

 こう言えば良い筈だ。しっかりと喋らなくてはいけない。間違えたら大変だ。自分の声がいつもより低くなっているのがわかる。押し殺しながらも、声そのものは大きい。

 「イチマルの『買い1本、お預かりします!
 ありがとうございます!」

 内村さんの声が弾んだ。




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第7話 ファースト・ディール
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