また、スポットのブローカーのラインが一斉に光った。
だが、俺の注文を入れた『コバヤシ』のライトだけが点滅しない。
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青山君の大きな声がディーリング・ルームに響く。
「イチマル・ギブーン!」
ちょっと間が空いて、やっと『コバヤシ』の電話が光った。
俺はあわててボタンを押した。
「イチマル、1本 ダンです!」
内村さんの声が大きい。
「はい! ありがとうございます!」
俺の声も大きくなっている。さっきみたいに声は低くない。
平井さんが俺に説明してくれた。
「『コバヤシ』は、あまり強いブローカーじゃないんだ。
よそで全部決まったときにも、オーダーが残っていたりするんだよ。
まあ、ワン・テンポ待てば、誰か気が付いて、いずれ『ダン』になるから。」
俺は、242円10銭で1本買った。
内村さんの言った通り、242円チョード(242.00)は、出会ったのだが、割れなかった。
242円チョード(242.00)が割れたら、キューマル(241.90)で「買い」を入れなくっちゃ、と思って、待ち構えていたのだが、その必要もなく、イチマル(242.10)は、また『買い(ビッド)』になった。
マーケットに緊張感が漂っているのは自然と伝わってくる。
青山君の目つきが鋭い。平井さんも厳しい顔をしてロイター・モニターと、ディーリング・ボードを交互に見つめている。
そうしていると、何かが、ふっと、よぎる感じがした。
ふわっとしたような、一瞬だけ急に、緊張感が緩んだような感覚だ。いや、緊張感は続いているのだが、緊張感の向きが変わったような感覚なのだ。
強い風が吹いているときに、急に風の向きが変わることがある。その風向きが変わる、ちょっとした一瞬に凪(なぎ)がある。あの感覚だ。
ふっと潮目が変わるような、あの情景だ。
何だろう、この感覚は・・・?
平井さんが、厳しい顔のまま俺を見た。
「8時45分だからな!
また、『仲値』決めの時間だぞ!
ここから、少し、買い気になるかも知れないからな。」
そうか・・・。
時計を見るのも忘れていた。
俺達、スポット・チームのディーリング・ボードの左側に大きなガラスの窓がある。
その向うは、バック・オフィスだ。このディーリング・ルームで行なった取引の事務処理をしているのが見えた。
その大きな窓の上の壁に時計が3個並べてかけてある。
一番左の時計が東京時間だ。真ん中がロンドン時間で、右端の時計がニューヨーク時間を表示している。
青山君が、プライスを叫んだ。
「ニマル・テイクーン!」
内村さんのアドバイスで上手くいったのかもしれない。
一度、この買ったやつは、『利食い』をしておこう。
俺は、昨日、あわてて売ってしまったことを思い出した。
昨日と同じだけ儲けるのなら、20銭高いところで売れば良い。
だったら、242円30銭だ。
上手くいったら、内村さんのお陰なのだから、もう一度、内村さんのところで取引をしよう。
内村さんのボタンを押した。
「もし! イチゴー・ニーゴー!」
「梅田です。
サンマルで『売り』を1本、見てください。」
また、少し低い声になっている。
「了解!
ウメちゃん!
これ、さっきイチマルで買ってもらった1本の『利食い』?」
内村さんの声は、少し高くなっている。
「そうです。」
「ありがとう!
『アリがとうならミミズはハタチ!』
じゃあ、付くように、がんばりますからねー!」
「はい! お願いします!」
内村さんは、『寅さん』にも詳しいようだ。
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『仲値』に向けて、サンマルが出会った。
なかなか、内村さんの電話が光らない・・・。
「なっ・・・。
なかなか来ないだろ?
内村さんのとこは遅いんだよ・・・・。
この、ちょっとした我慢がつらいんだよなぁ・・・・。
もう少し、待てば来ると思うよ・・・・。」
平井さんが、そう言っていると、
内村さんの電話が光った。
青山君が、『KBS』のボタンが光ると同時に、ピック・アップして、俺と平井さんの顔を見ながら、
「サンマル・ダーン!」
と言った。
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