「はい。
5本お客さんに売りましたから、5本買わないと『ドルの売り持ち』になっちゃいますよね。
だから、マーケットでドルを5本買うんです。
そういうのを『カバー・ディール』って言うんです。」
「ふーん・・・。」
「じゃあ、『カバー』取っちゃいますよ。」
そう言って、青山君がボタンを押しながら、
「ドル円ファイブ下さい!」
と言った。
そのまま受話器を左手で持ちながら、
「じゃあ、マインです!」
と続けて言った。
右手でボールペンをくるくると回している。
青山君は、図体はでかいけど、手先は器用なんだなぁ・・・。
そのままボールペンをくるくると回しながら、俺を見て、
「サンゴーで、5本、カバーしましたよ!」
と報告した。
「うん・・・。」
「梅田さん、ボクは『ポジション』を取っちゃいけないんです。」
「えっ・・・?
そうなの・・・?」
「『ポジション』は、『ポジション権限』を与えられたディーラーだけしか持てないんです。
だから、平井さんが席を外していますから、梅田さんになるんですよ、権限のある人は。」
「そっか・・・。
でも、青山君の方が詳しいじゃない、ボクよりも・・・。」
「はい・・・。
そうなんですが、ルールはルールですから・・・。
ボクの立場は、平井さんのアシスタントです。
だから、平井さんの権限の下で取引をしているんです。
梅田さんの『ポジション』は3本までですから、どのみち5本だと2本はカバーを取らなくちゃいけないんですけど・・・。
3本までは、梅田さんの判断で『売り持ち』にできるじゃないですか。
それで、梅田さんの顔を見てたんです。
どうするのかなって思って。」
「あぁ、そうだったのか・・・。」
「梅田さんが、『ショート』にするつもりがなさそうだったので、全部カバーを取ったんですけど、それでいいですよね。」
「うん。いいよ。
わかった。」
平井さんがいないときは、俺がしっかりしなくちゃいけないようだ。
そのとき、ブローカーさんの電話が光った。
「ヨンマル・テイクン!」
と青山君が叫んだ。
「梅田さん!
良かったですね!
カバー取っといて!」
そう言ってから、さらに大きい声で、ディーリング・ルームに響くような声を出した。 |